洞爺湖マラソンNAOJI編-鍛えるは難し衰えるは易し

昨年3月からの故障による長いトンネルでフルは一昨年のつくばに出たのが最後で1年半ぐらいのブランクがあったわけですが、金さんのランニングダイアリー最終週に書いてある「やれることはすべてやった」の通りにダイアリー開始日の2/9から膝痛が再発して走れなくなることもなく、出来る範囲でフルマラソンへ向けての練習を積みスタートラインに立つことが出来ました。

トレーニングの内容は週1回のLSDでそれ以外の日は週末のLSDを走るためのコンディション維持の位置づけ。2時間LSDから始まって15分ずつ距離を 延ばして3時間まで時間を延ばしていくというものです。ダイアリーを振り返って見ると天気や体調が悪くて走れない時以外はほぼ着実に継続することが出来ま した。そしてLSDの翌日最初はとても走れる状態じゃなかったけど少しずつ走れるようになり1時間程度のJOGが出来るようになりました。

3時間走れるようになったので4/29は7分以上のペースで30キロLSD。しかし、その翌週はロングが出来なかったので、これがレース前の最長距離となってしまいました。

今までに無く不安な状態でレースに臨みました。登録の部でエントリーしていましたが、制限時間内完走の自分は邪魔になるので4時間以上の位置からスター ト。スタートロスは3分近くありました。それを除くと25キロまでは6分40程度で走れていたようです。しかし、このコースを走る度のことなんですが前半 のアップダウンで脚がやられて30キロではかなりペースが落ちており通過したのが関門閉鎖の5分前=:[。関門閉鎖なんて全然意識してなかったので時間も事前チェックしておらず5時間以内に走れば大丈夫だろうと思っていたのでエッと思ったけど、とにかく走るしかありません。脚はずんずん動かなくなって来ました。

何とか歩かずに頑張っていましたけど脚が痺れた状態でマメも出来てホント辛かったです。37.5キロまで頑張ったけど、そこでついに歩いたり走ったりの状 態になってしまいました。歩いたらマメが潰れてしまい痛かった~。あと5キロ無いのに、5キロなんて普段軽く走っている距離なのにと思っても、とにかく脚 が動かなくてダメでした。

でも自分ではまだ40キロ関門には間に合うと思っていたんです。湖畔沿いの道路が国道にぶつかった所から走り出しましたら先の方でランナーがみんな歩いて いて、関門が閉鎖されたことがわかりました。後で確認したら37.5キロ関門と40キロ関門の間が10分しかありませんでした。私は5分オーバーでしたの で惜しくも何ともなかったので淡々としていました。でも係員の人にナンバーカードやタグを渡しているうちに、記録は残らなくても最後まで走ろうと思って、 そこからはゴールまで頑張って走りました。タイムは5時間2分台でした。もうちょっと歩く時間やタグ受け渡しをさっさとすれば5時間以内にゴール出来たの にな~と思うと、ちょっと心残りです。でも練習が30キロまでで、しかもロングは平坦なコースでしかしていないので当然の結果でしょう。でもフルの距離を 走っても膝痛が起きなかったのが最大の収穫でした。それとペースが遅かったせいか翌日の疲労度は少なく筋肉痛がある程度といった感じです。

それから天気が良かったせいか、だいぶ脱水したようで、今朝の体重は前日より-1.2キロ。ここ3年ぐらいの最低体重を記録しました。

それにしても故障前は多少練習不足でも4時間半程度では走れていたので、もとの自分に戻るにはまだまだ時間がかかりそうです。

そして今日はYさんの所へ。早速来週から2時間走の指令が。今度は少しペースを上げて、また同様に15分ずつ距離を延ばして行くんだと思います。速く走る とまだ膝がおかしくなったりします。レース2週前の6分40で20キロ、1週間前の6分半で15キロ。かなり膝に負担があったので心配ですが6分ペースで 40分JOGは大丈夫だったので、気をつけながら北海道マラソン完走を目指して練習を積みたいと思っています。

スタート前集合写真
P.S スタート前にfrunの仲間達と。ichanさん画像ありがとうございます。

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